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上新ちえ子さん 版画家 |
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北本市には光輝いている人・物・歴史・店・企業等たくさんあります。北本市まちづくり観光協会では、そんな光輝やくものを「見つけ、紹介し、創り出そう」と企画しています。 シリーズ3では 北本市東間在住の「版画家・上新ちえ子さん」にスポットをあて、版画・美術に対する熱い思いを聞いてみました ●先生は九州生まれと聞いていますが、九州と北本とどうつながるんですか。 ごめん、私は先生って言われるのってきらいなんです。ちえさんって言ってほしいな。そうでないともう帰る!(笑う) 私は鹿児島の串木野市という漁師町の生まれ。その串木野にずーっと住んでいたんだけど、子どもの頃からとにかく絵が描きたかったので東京の美術学校で勉強するために九州をでてきたんです。美術学校を出て、私はずっと住むなら「田舎」に住みたいって思ってたんです。 そんな時、埼玉の小鹿野町で村おこし芸術村を作るって話を聞いて、申し込むと同時、結果もでないうちに小鹿野町に行っちゃったんです。それで見つけて住んだところが仮設住宅みたいな所で。 私は九州生まれでしょ、寒いところは弱い。小鹿野は寒い。でもそこで7年くらい住んだかな。とっても良いところだったよ。 北本に来たのは、北本でノバってパン屋さんしている人と友達だったんで、その人が「北本はいい所だよ、北本に来ない。」って誘われて、それで北本にきたんです。それが今から5年くらい前のことなんです。 ●ちえさんが版画家になろうと思ったきっかけは 私は油絵が好きで描いていたし、ずーっと油絵を描きたいと思っていました。だから自分である日、とつぜん版画家になろうって思ったわけではなかったんです。 実は、小鹿野町に住んでいたときに、奈倉地区っていう所で、これも村おこしなんですが、版画村を作ろうって事になって、「ちえさんもやらない」って言われてそれからなんです。でも、版画ってすぐには好きになれなかった。工程が大変。原画を描いて、版木に移して、彫って、刷ってでしょ。油絵は描き始めたら、その世界にどっぷり入って食事も忘れて・・・。 でも版画は途中で手を休められるし、工程の部所部所で手が切れるので、客観的に作品が見る事ができる。そんなところが又いいのかも知れない。 ●版画創作の魅力ってどんなところですか。 「私の版画で、子育てしているお母さんが元気になってもらえたらいいな。」って思いながら創作をしている。 ねえねえ、聞いてくれる。こんな話しがあったのよ。ある奥さんが私の版画を気に入ってくれて、買ってくれたんです。でも家族になんて言われるかなって、思いながらそっとテレビの上に置いておいたんだって、そしたらそれを子どもが見つけて、お母さんこれどうしたの、って言うから、買ったって言ったら「お母さんいい、この絵もお母さんが買おうって気持ちもいい、いい、お母さん尊敬しちゃう。」って子どもが拍手しながら言うんだって。私までうれしくなっちゃって。 ●版画創作の上で一番苦労する事ってどんなことですか。 絵を描くときはいいけれど、版画にするのは、その絵を逆さまから見ながら創作するわけでしょ。最初の頃は、彫っていてなんか違う、って思ってくる。そこで直すでしょ。これがだめなの。版画って鏡の世界、鏡の世界で遊べるようになるまでに3年かかったかな。 ●これからの夢を聞かせて下さい。 今は版画がおもしろいから、しばらくは版画を創っていきます。 そして私は全部自分で1枚1枚刷っている。自分で刷ってこれでよいと納得できなければ世に出したくない。作品から心が伝わらないようではダメ。私は金はともかく心は豊かですよ。創りたいものを創っているんだから、今、幸せ。 私は単色絵が好きなんだけど、いま多色刷りにも挑戦しています。私の作品の幅も広がると思うし・ ・・。 私は100才までいきる。もう決めたんです。焦らずゆっくりゆっくりやって行きます。油絵も版画も。 それから、私は世界中をのんびり旅して回りたい。そのために今、タイコとシャンソンを習っているます。タイコとシャンソンさえおぼえていれば世界中旅して回れる(?)。ざるをおいて恵んでもらったっていいんだから。 版画は続ける、油絵も描きたい、100才まで生きる事を決めた、世界中をのんびり旅して回ると、お話を聞いているとまわりの人 |
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